とり天物語

とり天は、いつのまにか大分県民が、こよなく愛するソウルフードと成っていますがここ東洋軒にて昭和初期に「鶏ノカマボコノ天麩羅」としてメニューに登場しました。

東洋軒の創業者、宮本四朗が中華料理を和風にアレンジして「とり天」を生み出しました。

当時は今の様にブロイラー鶏も少なく、肉の硬い地鶏が多く、その肉を平らに、そぎ切りにし天麩羅の生地と、からませて揚げていく。唐揚げより早く揚がり、サクサクと柔らかい「鶏ノ天麩羅」は、すっかり評判に成り、次第に、その店流のアレンジを加えた「とり天」を出す店が増えました。

今では県下各地のレストラン・定食店・喫茶店・中華料理店・弁当屋・すし店・おかずや・でも定番料理の1つとして提供されています。

とり天発祥の店「東洋軒」には創業当時の味を求めて県内外から多くの人が訪れます。

国産鶏のモモ肉の皮をはいで、平らにそぎ切りに特製しょう油とニンニク、ごま油で味付けし、新鮮朝取り卵と小麦粉、片栗粉の入った衣を付けて165℃〜170℃の油で3〜4分揚げた「とり天」は、タレを付けずにそのまま食べてもとても美味しく、大分名産の「カボス」を搾りかけたり、酢醤油とからし(マスタード)を付けるとまた味が変わり、これもまた絶品な味です。

一度で二度楽しめて、ご飯のおかずに、ビールのお供に、家族全員で沢山食べられるのが魅力です。

※ フリー百科事典「Wikipedia」にも掲載されています。Wikipediaとり天ページ

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